第二話 「海の底の夢」


海に沈んだ、かつての街。その街のシンボルだった時計台。祖父母の愛した場所。
ここへ来ると彼女は夢を見る。これを夢というかはわからないが。
-また会えたね...−
彼女の前にいるのは四.五歳の少女だった。白いワンピースではしゃぐ少女のとなりには、若い母親がいる。二人ともどことなく彼女に似ていた。その少女の歌うメロディーは、どこかで聞いたことがある...。けれど、彼女には思い出せない。...ずっと...。
理経の彼女がはじめて二人を見たときは、それは慌てて危うく溺れ死ぬところだったとか。当時、科学が絶対だと信じて疑わなかった彼女にとって、二人はあってはならない存在だった。...それが今、彼女は二人に会うために、この街へやってくる。
彼女は確実に変わった。数年前の自分と。
彼女にとって...ここはそういう場所だった。
「......」
彼は小さくため息をつく。無機質な無人島に腰掛けて。彼は何を探すでもなく、ただぼんやりと辺りの景色を眺めていた。
日本でも屈指のエリート大学で、地球環境学を専攻する彼にとって−ここは不思議な場所だった...。首都では、もう雪がちらつく季節なのに、この街...いや、この海では未だに真夏のように熱い。暖流...季節風...地形効果...それとも、温室効果ガス?
本当の原因が知りたくて、コンピュータ機器を運び込んで調査したこともあった。
...けれど、結局何もわからなかった。
ただ...機械じゃ何も見えない...。
−そんな風に感じることだけはできた。それが当時の彼を驚かせた。...同時に嬉しかった。
今、彼は本当にぼんやりと眺めているだけだ。だが...そうしている方が、わかるような気がするのだ。なんとなく。
彼が時間を気にしはじめたころ、ちょうど彼女が海面に姿を見せた。少し息を切らせながら大きく手を振っている。手もとの時計では七分近く潜っていた事になるが、彼女は平気な顔をしてこちらへ泳いでくる。彼はバスタオルを取りだし、彼女に手を差し伸べた。
「ありがと」
その手を取って島へ上がる彼女。受け取ったバスタオルを抱いて彼の隣へ腰掛ける。ゆっくりと息を整えながら、彼と同じように景色を眺める。
「ねえ」
「...ん?」
彼女が首を傾けて尋ねてくる。
「あなたにとって、どんなところ? ...ここ」
こういう時の彼女はいつも嬉しそうに話しかける。感情が表に出やすいのだ。...ずっと子供の頃から。そんな彼女を眺めながら、少し考え込んだ後、一言。
「いいところ」
彼女が笑うと同時に、前髪から水滴がしたたり落ちる。バスタオルを頭からかぶって、彼女も答えた。
「一緒だね」

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