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Shinobu Presents


第四話「真一君」


正直言うと、今回の引越しで私が一番怖かったのは、新しいクラスのみんなの前で自己紹介をする事だった。ここで失敗して変に誤解されてしまうと、残りの高校生活が台無しになってしまうのは明らかだったから。
けれど栞はそれを知ってか、授業が終わるとすぐに私達の2年6組の教室に入って、みんなに私を紹介してくれた。休み時間なのでみんな好きなように話ができる。いろんな人が私の周りに集まって、栞も加わってずいぶんとうるさい自己紹介になってしまった。休み時間が終わる頃には、みんなと自然に話せるようになっていた。授業が始まると、担任の先生の授業だったので、みんなの前で短い自己紹介をさせられたけど、ほとんどが知っている人だったので困る事もなかったし、目線が合った美紀なんかは、自己紹介中なのに小さく手を振ってきたりした。
授業はさすがに、この辺りでもトップクラスの私立高校なので難しい内容だったけれど、全く意味不明と言うほどではなかった。
なんだか、こんなに上手くいって良いんだろうかと変な不安を抱くくらいに今日は素敵な初日になった。
授業が全て終わると、この学校は終礼はなく、みんな好き勝手に帰っていく。美紀や奈緒も教室の出口から、ずいぶんと離れた私に大きく手を振ってから帰って行った。
私が少ない教科書を鞄に入れていると、栞が前の空いた席に腰掛けて言った。
「ね、今日敦司に会っていかない? どうせいる場所は分かってるし」
私もそれには賛成だった。昨日のお礼も言いたかったし、いろいろと話したい事もあったから。
私達は全学年のクラスの入った本館を出ると、渡り廊下を通って音楽室や職員室のある別館の方へと向かった。こっちに来るという事は敦司君は何かの文科系のクラブに入っているのだろうか。
三階建ての別館の二階に上がると、そこは会議室がいくつか並んでいて、その隣に生徒会室と書いた札の下がった部屋があった。そう言えば栞は副会長をしているはずだった。二年なのにもう副会長というのに感心しながら、生徒会室前のポストをのぞく栞の後ろ姿を眺めていた。彼女はポストに入っていた何枚かの用紙に目を通すと、ノックも無しにいきなり生徒会室のドアを開けた。
中では昨日会った敦司君と、もう一人知らない人が会議用の長机にお菓子をひろげて喋っていた。
「あんた達、ね。そこまで堂々とお菓子食べるの、やめてくれない? 一応、校則では禁止になってんのよ」
言いながら栞は鞄を長机に置くと、ひろげたお菓子に手を伸ばす。
「お前も食ってんじゃねえか」
「私は副会長だからOKなの。こういうのを職権濫用って言うのよ」
口の中のお菓子を噛みながら、彼女はばらばらの書類を棚の上に捨てて、入り口に立ったままの私に手招きをした。
それで敦司君も気づいたみたいで、私を見ると立ち上がって「入りなって」と言いながら椅子を一つ出してくれた。敦司君の向こうに座っている人に軽く頭を下げながら、出された椅子に腰掛ける。
この生徒会室にはドアとは反対側に大きな窓があり、その向こうには静かな雪だけの街が一面に広がっていた。まるで映画にでも出てきそうな程の景色だった。
「食う? 駅前のコンビニで大量に買い込んできたから、まだまだあるし」
敦司君がお菓子を袋ごと差し出すので一つだけ口に運ぶ。すると彼は栞と書類を見て何か話している人に尋ねた。
「真一。お前、未帆と会った事あったっけ?」
「いや、初対面。今日来るっていうのは知ってたけど」
真一君は書類を栞に預けて、私の方に目を向けた。
「ごめんね、なんか取り込んでて。普段は本当に暇なんだけど、この時期は面倒な事が多くって。僕の名前...敦司か栞から聞いてる?」
私が首を横に振ると栞が書類を破りながらつぶやいた。
「こいつ、本名は『武者小路 平八』っていうの。ハチって呼んでいいから」
「僕、栞に恨まれるような事したっけ?」
と真一君が椅子の背もたれにもたれて、後ろに立つ栞を首を曲げて見上げる。
「私、自分よりセンスのいい奴って基本的に嫌いなわけ。だから敦司なんかとっても好きよ。いつ見ても黒系の服ばっかりだもん」
と言いながら栞は鞄から手帳を取り出した。
「結局真一の自己紹介、無視してんじゃねえか。こいつ、本名は宮村真一。でも全員が真一って言ってるから、そろそろ真一の名字を忘れかけてる友達もいるくらいだよ。宮村って呼んでも、多分本人も気づかないと思うぞ?」
敦司君の説明に、本人含めて苦笑がおこる。私ももう真一君で覚えてしまってるから、宮村と言われても、きっとわからないだろう。
「上野未帆です。よろしく」
「こっちこそ、よろしく」
軽く頭を下げると、向こうもそれにあわせた。前髪が軽く目にかかりそうな感じで、綺麗な黒色の髪だった。
この三人、何だかすごく息があっていて、見ていてとても気持ちがよかった。私なんかが混じっててもいいのかなと思ってしまうくらい。
よく考えると、本当に私はここへ来たばかりで、はっきり言ってしまえば、よそ者という事なんじゃないだろうか。
こんな事言ったら栞に怒られそうだけれど...。
しばらくはこんな感じで真一君も、私も、敦司君も栞も適当に話していたけれど、その空気が破れたのはそろそろ帰る時間かと思い始めた、丁度その時だった。
『二年七組の宮村真一。至急生徒指導部の山本にまで来なさい。繰り返す。二年七組−』
どう聞いても、体育の教師の低い声で、明らかに敵意のこもっていそうな呼び出しが校内放送で流れた。栞がため息混じりに「お疲れ」と真一君の肩をたたく。
当の真一君も面倒くさそうに立ち上がる。本人はいたって、普通の様子だけれど、相手側のあれは、ひいき目に見ても喧嘩腰でしかなかった。
私は呼び出された本人よりも心配になって、思わず立ち上がっていた。
「真一君、大丈夫...? あの人−」
「大丈夫だって。さっき栞の破った、予算の書類の事だろうから。別に喧嘩にいくわけじゃないし」
と言って鞄もまとめて持って、逆に私を励ますように肩をたたいて部屋を出た。
彼の後ろ姿が階段の奥へと消えていくのを私は最後まで振り返って眺めていた。
「あいつ、もめごと処理は上手いから。私なんかが行ったら絶対喧嘩になるようなところでも、ちゃんと話で決着つけてくれるって。未帆ももう遅いから帰ろ、ね」
背中に栞の暖かい手が触れる。
私はぼんやりと、そのよく通る彼女の声を耳に、彼のいなくなった階段に向き合っていた。

その日は結局、しばらく三人で真一君を待つ事にしたけれど、時間が経っても出てこなかったので、仕方なく暮れかけた雪道の中を帰る事になった。
家に着いた頃にはもう日はとっくに暮れていて、初めて夜の雪の中を歩いたけれど、やはり少し怖い感じがした。初めてのものは何でも怖く感じられてしまうのかもしれないけれど。
家では当然、家族みんなが初日だったわけだからいろんな話が出たけれど、私のが一番、話のネタになってしまっていた。初日から、変な生徒会副会長に、もめごと処理の上手い人、そして昨日の引越しに来ていた敦司君。話題にならないはずはなかった。
私の話ばかりで、他のみんなの話はあまり聞けなかったけれど、どうやらお父さんも弟の豊も、初日はわりと難なくいったらしい。とりあえず、最初の一歩は成功だったようだ。
私の最初の一歩は成功だったんだろうか。
少し不安が残る。
成功と言えるのかどうかはわからなかったけれど、部屋に戻って一人になってみると、意識したわけでもなかったのに一日の出来事が順に思い出された。
東京とは違う、暗い夜を窓から眺める。この街では夜は確かに夜だった。まだ昼と夜との境目がはっきりしている。振り向いて見ると、机に飾った昔の友達との写真が目に入る。
写真の中の未帆はとても楽しそうな顔をしていた。
私は今、どんな顔をしているのだろう...。


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