Shinobu Presents
「はあ…、未帆が音大ねえ。考えもしなかったな」 そう言いながら、敦司君はバスケットボールを床に跳ねさせ、軽く跳びながらボールを放った。 ボールはリングに当たり、私の方へと跳ね返ってくる。 「私も仲田先生に会うまで考えてなかったしね」 ボールを拾い、彼に投げる。隣の栞は話を聞きながら、ベンチで彼のシュートを眺めて動かない。 「敦司…、ミドルシュート下手よね」 「うるせえよ」 第三十四話 「勝負の続き」 「もう音大の願書取ったの?」 「ううん。まだ。どこ受けるかも決まってないし。ただ親と先生に音大の話をしてみただけ」 「じゃ、本決定じゃないってことか…」 栞は組んだ両足の上に頬杖をついて彼のシュート練習を眺める。ここには雪がもうほとんどない。 2月末日。まだ寒いバスケのコート。最近、敦司君はバスケにうるさい。暇を見つけると大抵はここに来て一人でシュート練習をしている。もう後1ヶ月で高三になり、受験にうるさくなって来る時期だけれど、彼はあまり気にしないで好きな事をしているようにも見える。 「悩みなさそうよね、あいつ」 栞が白いため息混じりにそうつぶやいた。私達の中で明らかに悩んでいるのは、真一君と栞だった。真一君はもし東京の音楽学校への編入が決まれば、3月の間には長野を出る事になる。そして栞。理系というのは決まっているけれど、それ以上に自分のやりたい物が見つかっていない、と散々ぼやいては悩んでいた。 「私もアイツとか未帆みたいに、『これが好きだ』って言える物があったらなってよく思うわ」 彼女の眺める敦司君は、今度はシュートを綺麗に決め、小さくガッツポーズを作りながらリング下へ歩いた。 「敦司は何か決めたの?」 栞が少し疲れた声で頬杖をついたまま尋ねた。彼は横目で私達を見ると、そのままボールを放った。 「体育大行けたらベストだけどな。まあ今まで何の部活もやってないし、親の事もあるから就職もあるかもな」 そう言って、外したボールを取りに向かう。 「敦司は部活やってなかったし、未帆もピアノ始めたトコでしょ? そんな昔からやってないのに受験行けるのかなあ」 彼女が誰に言うでもなく、そうつぶやいた。何の悪気もなく、単純にそう思っただけだろう。私も彼女と同じように、シュート位置に入った彼を見ながらつぶやいた。 「新しい事始めるのに、年は関係ないよ」 そう言うと彼はシュートを打たなかった。腰をかがめたシュートの姿勢のままこっちを見て、ゆっくりと、笑顔で私を指さした。 「名言。オレの中の名言集に加えとくよ」 そう言ってもう一度ボールを放った。今までで一番綺麗な弧を描いてボールが吸い込まれていった。 「そういうものかなあ」 「そういうものだと思うよ」 少し冷たい風が通り抜けた。練習を続ける敦司君にとっては気持ちよい物のようで、あまり寒さを見せない表情をしていた。 「未帆、1on1で勝負しないか?」 彼がコートの上でボールを跳ねさせながら声をかけた。栞でなく私というのが少し意外で、彼女の方を見ると、やはり同じような不思議さを持っていたようだった。二人で彼に目を戻すと、彼はボールを止めて手の中に収めた。 「前の文化祭でオレ負けたろ?」 「あれは敦司君と真一君のチーム勝ったじゃない」 「そりゃチームはな。でも未帆と1対1のシーンだとほとんど負けたろ?」 そうだったろうか。少し思い出しながら座ったままの栞を見ると、彼女もうる覚えのようで、「多分…」と自信なさげに小さく頷いた。 「悔しいんだよアレが。今度は勝つからさ」 そう言うと、一人でドリブルをし始めて、リングの方へと走り始めた。突然なので少し乗り気にはなれなかったけれど、栞は「付き合ってやりなよ、折角だし」と笑いながら私の背中を押し、結局対戦をする結果になった。 コートだけを脱いで、冷たくなっている指を慣らす。彼は身体を冷やさないように、ボールと一緒にコートを軽く走っている。私の用意ができると、私達は始める場所に立った。彼がボールをくれて、私が先に攻める事になった。栞もかなり興味があるらしく、さっきよりもずっと深く頬杖をついてこちらを見ていた。 「じゃ、始めるね」 と言ってドリブルを始める。ボールが跳ね返ってくる感覚、R&Bのようなリズムで身体が揺れる感覚。身体が覚えている相手の抜き方。彼がバスケに魅せられて練習ばかりしている理由がよくわかる。私も長野に来る前は彼と同じだった。 大きく左へ踏み出す。ように身体を動かす。反応して彼が左へ動き、私はそれを見届ける前に身体を反対方向へ踏み出させる。一つの動作が終わる頃には、私が彼の少し後ろを走り抜けている所だった。 1点先取。リングを通って落ちてくるボールを彼に渡すと、その目は文化祭と同じ、熱い物を見つけたような目をしていた。 「オレ、本格的にバスケ始めたのって、未帆に負けてからなんだよ」 彼はドリブルを始め、身体を左右に何度か揺らす。彼が右へと進む、ように見せて左へと動いた。私と同じフェイント。私がそれに付いて走ると、今度は私を囲むように身体を半回転させ、再び右へと動いた。そうして抜かれるともう付いていけない。後は彼がシュートを入れるだけで良かった。 ボールがリングから静かに落ちてくる。彼は確実に上手くなっていた。それも信じられない早さで。 「だからオレ、未帆には感謝してる。お陰でバスケを見つけられたからさ」 「私は何もしてないよ」 彼は笑いながら首を横に降る。私にボールを手渡すと、そのままディフェンスの位置についた。 「大学入って、大きな試合に出るような事があったら連絡するよ。真一と二人で来てくれ」 「お別れみたいな言い方しないでよ」 「だな」 と言って笑うと、私は再び彼と向かい合い、私達の間でボールの音を響かせた。 彼は、『本物』を見つけた目をしていた。 Shinobu Presents
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