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Shinobu Presents


第二十八話 「同い年」

 結局打ち上げはすぐに終わることになった。まあ、あの酔い具合なら長居できないのは見えていたけれど。
とりあえず、ここは長野市の中心の方なので人通りが多い。こんな酔いまくった人達を適当に帰すわけにも行かず、私と栞は何とか帰れそうな人に、酔いまくった人の見送りをお願いしながら、同じ方角の人をそれぞれの電車に詰め込んだ。
何とか大体の人は終わり、栞は別の人を送って行くと言うので、いつもとは別の電車に乗って行った。私は定期があるのでとりあえず駅から出て、休む事にした。何だかドタバタしすぎて、一人になった瞬間にどっと疲れが体に溜まる。
辺りを一度見回す。長野市の中心街。夜になると、東京ほどではなくても、光が溢れて昼とは違う活気が溢れかえる。サラリーマンの人々がふらつく足で歩いているかと思えば、手をつないだ二人が笑顔で歩いていたりする。
その景色の中に雪が降り始めた。ごくわずかにだけれど。最近あまり雪が降らなかったので、ずいぶん久しぶりだった。頬に当たるこの冷たい感覚、柔らかい雪の感覚。
まだ夜の九時くらいなので人も車もかなりの量だった。車の赤いランプがまっすぐに続き、街路樹にも小さな白い点がつきはじめ、それは街の光の色に染まっている。店はまだまだ開いていて、明るい道が長野駅の方から続いている。カラオケから出てきているのは隣のクラスの人達だろうか。見た事のある人が多い。真一君や敦史君もひょっとしたら、いたかも知れない。どこへ行くでもなく歩いていると大きな交差点に架かる歩道橋の下に人だかりが出来ているのが見えた。
音楽が聞こえる。ストリートミュージシャンだろうか。交差点の向こう側なので、信号が変わるのを待つ。特に用事があるわけでもないのでふいに聞いて行こうという気分になっていた。信号が青になると一斉に歩行者がいろんな方向から歩き出す。歩道橋の下なので、雪は演奏している人達にはかからないようだ。
近づくと一層綺麗に音が聞こえるが、これはあまり聞き慣れない物だった。人混みの後ろから背伸びしてみてみると、その理由がわかった。
演奏しているのはジャズなのだ。小さなドラムにキーボード、そしてコントラバス。
いろんな音楽を聴いてきたけれど、このジャンルにだけはあまり興味が無くて聞く機会がなかった。その分、よけいにこの三人組の演奏が珍しく思えた。
会社帰りの人からデート中の人、飲み会帰りの人達もいて、かなり多くの人が集まっていた。それほどに良い曲だった。私はジャズは少しもわからないけれど、そんな素人でも良いと思えるほどの演奏だった。
しばらくそれに聞き惚れる。都会の隅でこういう人達が自分の夢のために演奏する。そして私達は何もない街にこういうものを求めている。
とてもいい具合にバランスが取れているのかも知れない。聞かせたい人と聞きたい人。その中に私もいる。
ふいに客の中に知っている制服の人が見えた。同じ打ち上げ帰りなのだろうか。やはり打ち上げというとこのへんに来るクラスが多いのだろう。顔は知らないけれど、同じように音楽が好きな人なのだろう、じっとその演奏を眺めていた。

曲が終わると、拍手が起こり、幾分かのお金を置いていく人もいる。ちょうど信号が青なので雪の中、走って渡って行く人もいれば、まだ聞き足りなくてここに残る人もいた。
私ももう少しここにいたかった。もう少しだけ。この演奏に酔っていたい。
ふと、隣の人がやけに私の近くに立っていることに気づく。普通もう少し離れて立つはずと思って見て、思わず声を上げかけた。
口を押さえながら、もう一度じっくりと見る。やはりそうだ、真一君がいた。
「やっぱり。未帆だと思った」
と彼は小声でつぶやいた。もう演奏が始まっていて、あまり大きな声では話せなくなっていた。
「ここにいたの?」
私が同じように彼の耳元に小声で尋ねる。真一君はそっと頷いた。さっきまで落ち着いていたはずの自分が急に落ち着かなくなっているのがわかる。
あまりにも突然のことでとまどっている。
会えるのは嬉しいけれど、あまりにも急というか..。
そんな私の考えを知ってか知らないでか、彼は三人組の演奏に目をやる。背伸びしなくても見ることが出来るのがうらやましい。あまり背が高いと意識した事はなかったけれど、こうして見ると背が高いと思う。やはり男の人は大きいんだと意識してしまう。
彼は以前ピアノを弾いてくれたから、音楽が出来るのは知っている。彼にしてみると、私以上にこの曲の良さがわかるんだろう。本当にじっと見つめていて、他の物を全て忘れているようにも見えた。
その横顔をじっと見たのも、初めてのような気がする。

冷たい雪が降り続く。いつまでも。
私の心に降り積もって、冷たく染みる雪が痛くなる。
こうしていると、いつかの事を思い出す。栞の家に泊まった時、真一君の事は諦めた方がいいと言われた事。理由は教えてはくれなかったけれど、あれ以来私は自分でもそうして来た。
つもりだった。真一君に失礼なら諦めた方がいいのかも知れないと。
でも今こうしてこの人の横顔を見て、バカな自分に今頃気づく。
本当は少しも諦めてなんかいない。この気持ちをずっと知らないフリしていただけだ。
本当は少しも気変りなんてしていない。

彼はふいに私の方を見た。目があって軽く笑う。
「少し嫌なこと、聞いても良い?」
私の口は自然と動いていた。
彼は「ん?」と口の中で優しい返事をして、また私に目をやった。
私はもう彼を見ることはできなかった。演奏する三人に目をやる。コントラバスが綺麗な音を奏でた。彼も何も言わずに言葉を待った。私は、そっと口をひらいた。
「誰か..想う人がいる?」
彼の答えはなかった。音楽は絶えず続き、綺麗なピアノの音がそっと響いてくる。
「......いるよ」
ピアノの音の中に彼の声が混じった。彼の横顔の向こうには相変わらず雪が降り続く。人も流れている。そして曲も。再びピアノのソロに入る。
あの日聞いた音とよく似ていた。
「素敵な人なんだろうね」
信号がまた青に変わったのだろう。車の音が途絶えて、演奏だけが街に響く。
「16歳。頑なで、誰にも自分を見せないようにしていた。僕以外に」
「二つも年下なんだね」
ドラムの人がそっとたたくシンバルの音はまるでクリスマスをイメージさせる。
まだ本当の冬は遠い。これからずっと寒くなって、この雪ももっと降るようになる。
「彼女の名前は真衣」
真衣さん。綺麗な名前だと思う。雪の降るこんな日だからこそ、音はここまで澄んで私の中に入ってくるのかも知れない。
「二年前、16歳だった。生きていれば同い年だよ」


冷たい雪が降り続く。いつまでも。
あなたの心に降り積もって、冷たく染みる雪が痛くなる。



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