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Shinobu Presents


第二十七話 「リーダーである事」
「暑いなあ」
 敦史君が下敷きを団扇代わりの扇ぎながら、いつものイスにもたれかかる。
「はりきりすぎなのよ、あんたら」
 栞も少し疲れた感じで冷たい机に頬を当てる。真一君は言葉もなく栞と同じ姿勢だった。私もさすがにあれだけ運動すると暑くて、次から次へと溢れる汗を拭うだけだった。生徒会室がいつもと違い、ずいぶんと暑い部屋のように感じられる。
 ゲームの結果の方は結局私たちの負けで幕を閉じた。初めの方はいい感じだったけれど、後になるほど体力の差が出て、最後には大差で負け。とても良いゲームだったと思う。
「未帆があんなにバスケ出来ると思わなかったもんなあ」
「あんまり好きじゃなかったから言わないようにしてて。今日は楽しかったけど」
「でもオレは見直したな」
 敦史君がシャツの胸元をぱたぱたと揺らして空気を入れているが、まだ汗は止まらなさそうだ。
「あれだけ得意なものを持ってるんだからさ。良いと思うぞ?」
「そうかな」
 私も少し笑ってお茶を口にする。さっきから喉が乾いて仕方がない。自分でも張り切りすぎた気はする。ほとんど別人だったような気もするし。でも久しぶりに何かに熱中できた。引っ越してきてからこれといった物がなかったというのも理由の一つだろう。
 ただバスケをもう一度しようとは思えない。あくまで遊びだから楽しいという事もたくさんあるはずだから。
 時計を見るともう三時をすぎて、四時になろうとしている。時間の過ぎ方がどうしてこうも違うのだろう。楽しい時間ほど早く過ぎるものだけれど。
「もう少しここにいようか。そしたら、多分演奏始まるでしょ」
 突然栞がそんなことを言い出した。栞が窓の外を指さすので、立ち上がってみてみると、確かに下の中庭で吹奏楽部が楽器の準備をしている。これを見るには生徒会室は絶好のポジションといえる場所だった。
「毎年、生徒会関係者が一番いい場所なんだよね」
 真一君が窓辺の低い棚の上に座る。敦史君もイスを移動させて、窓枠に両手を乗せて階下を見下ろした。栞も全員分のお茶を持って来て、渡してくれる。冷たいお茶にほっとしながら、私たちは全員が窓際に集まっていた。
 まもなく吹奏楽部の楽器の音あわせが始まって、それにあわせて人もどんどん集まり始める。下は人が多くて大変そうだが、ここはいたって空いていて、とても心地よかった。
 拍手とともに演奏が始まる。曲は知らない物だったけれど、メロディがとても綺麗で、文化祭に選んだ人のセンスを感じる。誰も話すことなく、その音に聞き入っていた。冬の来そうなこの空気の中、窓から入る音が柔らかで、肌に当たる冷たい風がこの部屋を通っていく。
 今までとは違う何かがあるような気がした。少なくとも東京にいる間はこんな事はなかった。確かに文化祭の準備をサボってカラオケに行くのは楽しかった。楽しかった、けれどそれだけだったような気がする。今の自分の気持ちを上手く言葉にできないけれど、ここに私がいることが出来て良かったと思う。
 真一君はカップを手に持ったままじっと聞き入り、敦史君は目を閉じて首を少し揺らしている。栞はお茶を口に当てながら、その光景に見とれていた。
 初めて出会えたんだと思う。今、私は東京にいた時の私とは違う事を感じるようになっている。
 それに感謝の気持ちすら生まれてくる。言葉には..できそうもないけれども。

 演奏が終わる。かなり長い演奏会だったと思うのだけれど、じっと何かを考えている時間の方が長くて、あまり曲自体は覚えていなかった。ただ、それも音楽の聞き方の一つかも知れないと思って、彼らに感謝をする。この空気を与えてくれたことに。
 演奏が終わって、みんな窓際から離れるけれど、まだ少し余韻があってぼんやりとしていた。
 日はもうすぐ落ちる。窓から見える空が西の方から赤くなってきていた。もう一日が終わってしまうのだろうか。そして、この文化祭も。
 放送がさっきの曲の続きをかけ、校内にはまだ穏やかな空気が流れていた。文化祭のにぎわいは今となっては消えていた。
「出ようか」
 誰かが言った。そう、文化祭の最後は全員でグラウンドに集まって、終わる。私たちはそれぞれ自分の靴に履き替えて外に出る。グラウンドにもすでに多くの人が集まっていた。どこか、昼のにぎやかさは消え、少しもの悲しい雰囲気がただよっている。みんなも同じ気持ちでいるのだろうか。
 整列も特にしない。ただ、校長先生が前で挨拶をして、そして生徒会のリーダーの栞がマイクを持って同じように挨拶をする。彼女は最後に大きな声でこう言った。
「ありがとう」..と。


 後片づけは翌日に回して、今日はそのまま帰ることになった。
 みんなはどうやら飲み会へと続くようだ。まだ未成年のはずなのに、そんなのお構いなしのよう。
 私はそのまま帰ろうかとも思っていたんだけれど、栞と恵美に挟まれて半強制的に私も飲み屋へと入らされていた。テレビで見たことはあったけれど実際にこうして自分が入るのは初めてだった。意外ときれいな感じで、テレビに出るような汚い所ではなかった。来ているのはクラスのみんなだけで、およそ20人くらい。半分は帰ったということだろうか。自分のクラスの打ち上げなので栞はいるけれど、真一君や敦史君はいない。
「じゃ、打ち上げを始めます! みなさん、お疲れさまでした!」
 栞が前に立ってビールを片手に盛り上げる。みんなが乾杯をして勝手に飲み始めると近くの子と話し始めた。やはり彼女はここでもリーダーなのだ。素質なのかも知れない。人をまとめるという。
 私も自分の前のビールをとりあえず口にしてみる。初めての味に緊張しながら喉を通した。泡があるので、どちらかと言うと炭酸のジュースに近い。となりの恵美はもう酔いはじめて、顔が少し赤くなってきている。今の一口で酔ったのだろうか?
 私には酔うようなものではないような気がするけれど。
 ひょっとして私はお酒に強いのだろうか? 初めて飲んでこれと言うのも少しショックが。

 しばらく飲みながら見ていると、どうもみんなお酒に弱いのだろうか。
 恵美は変な歌を歌い始め、ハルは三井君に絡んでいる。男同士で泣きながら何かを話しているところもあり、ほとんどおかしな世界だった。
「ね、未帆。未帆ぉ〜?」
 隣から声がしてみてみると、朋子がとろんとした目で私に聞いていた。この子もまたお酒に弱いのに、飲んだのだろう。
「朋子、あんまり飲み過ぎると帰れなくなるよ?」
「ねえ、未帆。知ってる? 校長って不倫してるらしいよ?」
 言いながら朋子はもたれた壁からずり落ちて、床で眠りだしてしまう。私はため息混じりにその手のビールをテーブルに置いておく。
 どうなっているんだか。呆れていると、隣の空いたところに栞がやってきて、座りながらビールを置いた。
「ね、未帆。どれくらい飲んだ?」
 彼女はいつもと同じ口調で、特に顔色にも変化はなかった。
「もう五杯目くらい..かな」
「結構強いね、それで平気な顔してるんだから。大変でしょ?」
 私は笑いながら心底頷いた。この店に入ってから初めてまともな会話をしたような気がする。
「でも栞の方がすごいと思うよ? ここでもまとめ役だし、学校全体のリーダーをしてるんだから」
 私は彼女の横顔を見ながらそんな事を口にした。彼女はそのまま、壊れたみんなを見てつぶやいた。
「でもね、これだけ人がいても、一体本当に自分を助けてくれる人ってどれくらいいるのかなって思う時あるよ?」
 彼女は言ってから初めて私の方を見た。いつもの笑顔はそこにはなかった。
「みんな、リーダーがいるって思うだけで本当に友達なのかなって、思う時があるの。まあ、そんなのシャワーを浴びて一回寝たら全部忘れちゃうんだけどね」
 といって彼女は笑いながら、またビールを手に取る。栞もひょっとしたら少し酔っているのかも知れない。彼女の弱音とも取れる言葉なんて初めて聞いた。そしておそらく、他の人も聞いた事がないのだろう。
 ビールをテーブルの上に置くと、また彼女は黙り込んだ。
 私は特に良い言葉思いつかなかったけれど、ただ彼女と同じように前を見ながらつぶやいた。
「私は味方するよ?」
 誰かが大声で叫んだ。それにあわせて笑い声が起こり、今まで以上にうるさくなってしまった。それを見ていた彼女はふいに私の方に向き直り、その額を私の方にそっと当てた。
「未帆って声良いじゃない? そんな声で言われたら、染みるよ」
 俯いたままなので彼女の表情はわからなかったけれど、そのまま、じっとしていた。とても綺麗な髪で、少しうらやましかった。
「ごめんね、何か」
 俯いたままの少しくぐもった声で彼女が言った。私はただ首を振っているだけだった。言葉にしていなくても、彼女はわかってくれると思った。
 そして、言葉にしなくても、わかってあげたいとも。

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