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Shinobu Presents


第二十六話 「この胸の情熱」

 文化祭というのはこういうものを言うのだろうと思えた。
 正門には大きな手作りのアーチがあって、それをくぐるとどこかのクラスの呼び込みで、ぬいぐるみをかぶった人たちがチラシを配り、看板を抱えている。
 屋台が出ていて、朝からとてもいい匂いも漂う。校舎にはいろんなクラスの宣伝ポスターが貼られていて、放送ではとにかく途切れないようにみんなの知っている曲ばかりがかかる。まるで本当にどこかのお祭りに来ているかのようで、その活気と人の多さに私は言葉がうまく出てこなかった。
「ね、すごいでしょ?」
 隣の栞が私を見ながらそう言った。私はただ頷くだけで、それ以上に何も言えないままだった。東京にいた頃は本当に適当な展示クラスがほとんどで、出店自体が校則で禁止されていたのに。
 栞は友達からもらった何枚ものタダ券を取り出して、まず近くのジュース売りのクラスで二本のビンをもらってくる。
「適当に歩くだけでも結構楽しいよ?」
 言いながら彼女はその内の一本を私にくれる。それを口にするだけで何か本当にお祭りの中に自分がとけ込んでいるかのように思えた。他のクラスでの知っている友達が顔に変なペイントをして客の呼び込みをしている。いつもの彼女とは少しイメージが違っていたのだけれど、不思議と違和感はなかった。
「未帆ちゃん、来て来て! 今ならお面もプレゼントよ!」
 彼女の少し意味不明な呼び込みに、隣の栞を見ると彼女は笑いながら私の背中を押して、その店へと押し込んだ。
 ダーツや占い、そういう類のゲーム系のクラスで、結構人が多くて繁盛しているようだった。その、顔ペイントの彼女が、私を引き連れてタロット占いのコーナーへと座らせた。怪しげな格好をした男の子がタロットを意味ありげに切っていく。
「何を占います?」
「恋愛運!」
 横から栞が大声で注文する。顔ペイントの彼女もそれにノって、男の子に指示する。
「ちょっと待って、ねえ」
 私が止める間もなく、男の子が四枚のカードを出して、どれかを選べといわんばかりに差し出して私を見る。栞も顔ペイントさんも同じ目で見ていた。仕方なく、とりあえず一番右端のを指さしてみる。彼が裏返すと、一枚の絵。栞も、男の子も顔ペイントさんも全員が凍り付いていた。
 ......悪魔が串に刺されて雷の落ちている絵...。
「今は、ね。うん、少し下降気味だけど、すぐに上がるっていう意味ですよ、このカードは。うん、ガンバって下さいね☆」
 といって、男の子はすぐにカードをしまって、水晶占いの方へと行ってしまった。
 「下降気味」というような優しいカードではなかったと思うのだけども。
 栞はすぐに私を引っ張って教室の出口へと歩いていく。廊下にはまた人が多くて、その流れに沿ってまた出店街へと向かう。
「まあ、こういう事もあるから、ね」
 別に私は気にはしていないのだけれど、彼女は妙に優しくなって、次から次へとタダ券で食べ物を買って私にくれる。あやされているコドモのような気にもなりながら、また校内をうろうろとする。
 お昼も近くなってきてふいに敦史君や真一君がどこにいるのか気になる。
「ね、あの二人は文化祭には来てないの?」
 彼女も「あの二人」ですぐにわかったようで、口に含んだ綿菓子を飲み込んでから体育館を指さした。
「多分あそこで身体を動かしてるよ? 毎年体育館でバスケとかバレーの大会やってるから」
「ふーん」
「こういう時だけ敦史ってかっこよく見えるのよ。行ってみる?」
 彼女の嬉しそうな顔が気になりながら、素直にそれについていく。いつもなら敦史君の名前が出ても煙たがるだけだけれど。

 体育館の入り口には人が多くて、中からはバスケ独特の、あのシューズと床の擦れ合う音が聞こえて、それが耳に心地良い。何年も前に毎日聞いていた音。
 手前のバスケットコートで確かに二人が同じチームでプレーしていた。二人とも文化系だからあまり運動は出来ないのかと思っていたけれど、ずいぶんと上手い。私もバスケをしていたからわかるけれど、とても素人にはできないようなスクリーンやフェイクがどんどんと出てくる。
 特に敦史君のリバウンドの高さは桁違いだった。もともと背が高い上にあのジャンプ力なら、下手をするとダンクまで出来るんじゃないかと思えてくる。
 スコアボードを見るともちろん敦史君の側が圧勝中。当然の結果といえる。
 相手はどう見ても素人。ドリブルをボールを見ながらしているのだから、私がやった方がまだ上手いと言える程度だった。
「あの人、下手ね..」
 ぼそっとそんな事をつぶやいてしまった。栞が驚いたように、私を見ながらバスケが出来るのかと聞いてくる。一応中学の頃にはやっていたから出来ると思うと答えると、彼女は急に私の手を取って、頼むように目を合わせた。
「ね、敦史と勝負しよ!」
「..は?」
 意味が分からずに黙っていると栞はまた熱心な目で訴えてきた。
「敦史とバスケで勝負したいのよ! 私もわりとできるんだけど、ペアがいなくて、去年出来なかったの! ね? お願い」
 栞が私にここまで何かを頼み込むなんて、初めての事だったから少しとまどいながらもOKしてしまった。彼女は受付へとすぐに走っていった。
 栞はいつも文化系だと思っていたし、そういうイメージしか無かったから、あまり運動する姿が目に浮かばない。それを言うと、敦史君も真一君も同じだけれど。
 文化祭になって初めてわかる一面。人は見かけによらないと言うのはこういう事だろうか。

 それから十分ほど経っただろうか。もちろん結果の分かっている試合は順調に終わり、敦史君と真一君がお互いに肩をたたく。それを見ながら私もバッシュに履き替える。この靴自体がずいぶんと久しぶりだ。バスケには辛いだけの思い出しかなくて、転校と一緒に東京に置いてきたはずなのに。

 制服ではさすがに出来ないので、更衣室を借りて二人でハーフパンツに替えてきたので、幾ら運動しても大丈夫だった。足がなかなかなじまない。自分の靴じゃないだけに少し違和感があるけれど、つま先を当てて、何度か踏み込む内にあの嫌な思い出と一緒にバスケの感覚も戻ってくる気がした。
 周りにはずいぶんと人が集まってきている。当然だろう。あの男二人組がぼろ負けした直後に女二人で挑むのだから。
 真一君は嬉しそうな顔をしているが、敦史君は不思議そうに私を見ていた。まあ、あれだけ生徒会室でお茶を飲んでいるだけだったから当然だとは思うけれど。
 ただ一つだけ。言えるとしたら、それは人は必ず二つ以上の顔を持っているということ。
 今回の敦史君と真一君、栞もそう。けれど、私も同じ。誰も知らないだけ。どこかで聞いた言葉が一瞬、耳をよぎった。「他人の思う私は私ではない」。
 東京の私が自分の中に戻り出す。
 ジャンプボールには栞に入ってもらう。どうせ敦史君相手では勝てるわけはないのだから。
 試合が始まった。
 予想通り、ボールは敦史君がはたき、それを真一君が取る。彼はドリブルで一気に駆け出し、スリーポイントのラインまでたどり着く。もちろん私は彼のすぐ横でマークしていた。彼の後ろの景色が走る毎に流れていく光景が懐かしかった。
 男の人が相手ではまともにシュートをブロックしようとしても身長で負けてしまう。落とすならシュートを打つ前。
彼の横を走りながら、そのボールの動きをじっと見る。
 ...リズムが変わる。来る。
 彼が足を止めるのと同時に私も足を止め、ボールがドリブルからシュートに移るその瞬間にボールだけを軽く触れてやる。不安定なボールは一気に彼の手を離れ、コートの外に出た。
 試合が止まった。同時に周りのみんなも。どうせ可愛いらしく、抜かれてシュートを決められるのがオチだと思っていたのだろう。少し驚いた感じの真一君がコートの外からボールを入れるためにラインの外に立った。彼の前でじっと見る私。
「見る」ではないかも知れない。「睨む」。彼をこんなにきつい視線で見たのも初めてかも知れない。
 ここにいるのはもう今の私じゃないのかも知れない。バスケだけに情熱を注いでいた昔の自分が今、心を埋め尽くしている。
 ボールは敦史君に渡り、彼は栞のマークを振り切るためにダッシュをかける。栞も確かに上手い。でもバスケ経験者の動きじゃない。敦史君がその大きな体でフェイクをかける。私は敦史君の方へと走る。栞が抜かれるとすぐに彼はシュート体制に入るが、私が来ていることに気づいていない。真一君と同じように、シュート直前に彼の手からボールを落とす。
 こぼれたボールを拾った栞にパスをもらい、一気にゴールへと走り抜ける。足の速い敦史君はもう私の隣を走っていた。私が両足でブレーキをかけて、その場に止まる。彼もそれにはあわせて、無理に止める。彼が止まったと思った瞬間に私はもう一度ダッシュをかけた。彼の横を通り過ぎると、もう目の前にはゴールだけしかなかった。フリーになれば私はシュートははずさない。先制は私たちの方だった。

 会場に動揺が起こった。そして栞も真一君も唖然と私を見ている。ただ、敦史君だけは、口元が笑っていた。選手の性だろうか。強い相手ほどおもしろいというのは。
私もなぜか笑顔だった。私たちの中には同じ情熱が隠れていた。
 東京にいる頃はバスケなんかで絶対に笑えなかったのに。転がるボールを拾って敦史君に渡す。
 彼は何も言わなかったけれど、その目が私をしっかりと見ていた。
 良いゲームになる。そんな気がした。

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