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Shinobu Presents


第二十五話 「そう、いつものこの部屋」

 朝、いつものように制服に袖を通す。たかがこれだけの事なのに、ずいぶんと久しぶりのような気がして懐かしく思えてくる。おじいちゃんの件があってから、ずっと学校へ入っていない。結局栞の家に泊まった翌日も学校を休んで家に居座った。あまり学校へ行ってもはしゃぐことは出来ないのはわかっていたし、それでみんなを困らせるのもどうかと思って行くのを止めた。
 今日もハイテンションにはなれないけれど、昨日よりは幾分か気分も戻ってきている。これなら行けると言い聞かせてを軽い鞄を手に取った。
もういつまでも落ち込んではいられない。


 学校へ着くと、いつもと雰囲気が違うことに気づく。廊下には変な形に切った段ボールがあるし、折り紙の切れ端や、使い差しのテープがそのへんに転がっていたりする。まるで何かを作っているかのようだった。
 私は四階まで上がり、自分のクラスのドアをそっと開けた。まだ授業まではかなりの時間があったのに、いつもよりずいぶんと人が多くて、私が入ると、かなり多くの友達が声をかけてくれる。なぜこんなに人が多いのだろうか?
 ふいに不思議に思いながら、クラスの黒板の上を眺めると、そこにはなぜか旗やテープがかかっていた。それを見て初めて頭に一つの単語が浮かんで来た。
「文化祭..?」
「そ。もう明後日だよ?」
 恵美が私の後ろに立って、同じように見上げていた。
「ここってそんなに文化祭が早いの?」
「東京ってもっと遅いの?」
 恵美が私に同じように質問する。どちらが答えるのかわからなくて、二人でしばらく見つめ合って、変に笑えてきた。
「私のいた学校はここより1ヶ月くらい遅かったかな。それにもっと地味な文化祭だった」
「ここはすごいよ? 今年は栞が生徒会を仕切ってるから、もっと盛り上がると思うけど」
 彼女の言葉にふと周りを見回すと、確かに熱の入れようはすごいものがあるし、こんなに真面目に文化祭の準備をしているのもはじめて見た。
 確か私は去年の文化祭はクラスの友達に誘われて、結局学校で準備もせずにカラオケに行っていたような気がする。
 誰が知っているわけでもないのに、そんな自分が妙に後ろめたく思えてしまう。まるで自分が何もしていないようで。私は自分の席に座ると、そのまま窓の外に目をやった。恵美がクラスの子に指示しているのが聞こえるけど、あまり振り向こうとは思えなかった。何か自分の胸に引っかかるものがあって。
「ね。未帆。栞がね、未帆が来たら生徒会室に来てって言ってたんだけど」
 ふいにクラスの子の声で考え事から抜け出した。私はぼんやりと振り向くと、クラスのみんなを遠くに見ながら、後ろを通って音を立てないように教室を出た。
 別にここまでこそこそしなくても、とは思うけれど、あまり自分からみんなに声をかけようと思えない。自分がはみだしているような気がして、そんな中で無理してみんなにとけ込もうとするのは、よけいに嫌がられてしまう。考え過ぎと人は言うだろうけども。

 生徒会室はこんな早朝に音がしているはずはない。いるとすれば真一君くらいだし、栞や敦史君は死んだように寝る二人だから、来ているはずはない。どうせ誰もいないだろうと思ってドアを開けると、やはりそこには思った通り誰もいなかった。
 静かなままの生徒会室に入ると、冷気が足下に漂っていて、気づくと少し自分の制服の襟元を引っ張っていた。
 長机の上の書類はきれいに整っていた。いつか私が手伝った予算の書類も全て通って、学校の判が押されている。私が休んでいる間にずいぶんと学校が動いていたようだ。窓から見える通学路もずいぶんと人が多い。明日は祭日だから今日がおそらく準備の仕上げになるのだろう。荷物も大きなものが多い。
 私のクラスはそもそも何をするのだろう。いくら休む事情があったとはいえ、何となくクラスには入りにくい。誰も私を追い出そうなんて思っていないのはわかっているけれど。
「未帆」
 不意に声がして、入り口に振り向く。こんな時間には珍しく栞がポスターを片手に立っていた。彼女がこんなに早く起きることが出来るなんて思ってもいなかった。
「もう文化祭なんだね」
「そ。今日で準備もラストだから、みんな働かされてるわ。私たちは楽で良いけどさ」
 言って彼女はポスターとカバンを机の上に放り出して、腰掛けた。
「生徒会側はずいぶん前から運営準備してたから、もう今日くらいになると仕事がないのよね」
「クラスの方には行かないの?」
「ああ、生徒会のメンバーはこっちの準備だけで良いの。で、未帆も真一の書類、手伝ってくれたでしょ? だから先生側に未帆もこっちの仕事ですって言っておいた。だから今日は仕事なしのフリーね」
 彼女は笑顔を浮かべながら、大きく伸びをする。ため息が少し白くなった。
「寒いね、この部屋。暖かいの入れようか?」
「あ、お願い」
 まるで気が抜けた栞を横目に私は備え付けのコーヒーメーカーに手を伸ばす。彼女もずいぶんと働いていたのを知っているので、今日は別にサボっていても誰も文句を言うこともないだろう。
「未帆..。もう大丈夫なの?」
 机に頬を付けた彼女がふいにつぶやいた。湯気の出るコーヒーを二つのカップに注いでいると、その暖かさが手に染みてくる。
「大丈夫だよ?」
「無理しないでね。クラスのみんなは未帆の事情を知ってるから、誰も文句なんか言わないからね?」
 熱くなったカップを彼女の目の前において、私も向かいのイスに腰掛ける。
「わかってる」
 じっとそのまま座っていると、廊下の向こうから準備のざわめきがかすかに響いてくる。本当に文化祭が始まるんだという妙な実感が今になって感じられた。
 その中から聞き覚えのある笑い声が少しずつ近づいてくる。いつもこんなに笑いながら雑談しているのは彼くらいだ。
「来たわね。まあ、仕事が詰まってるわけじゃないから良いんだけど」
 勢い良くドアが開くと、まず敦史君が入ってきて、その後ろには真一君もいた。
「おはよ」
「おう。今日はしっかりとサボるために、人生ゲーム持ってきたぞ」
 といって、敦史君はカバンと一緒に妙に大きな紙袋を机の上に置いた。
「何で学校で人生について考えるわけ?」
「暇じゃねえかよ」
 敦史君と栞とのいつもの会話には慣れたはずなのだけれど、なぜか変に懐かしい感じがして、真一君に目をやった。
 彼も同じように私を見て少し首を傾げていた。
 今日は四人で人生ゲームなのだろうか。まあ..、別にかまわないけど。
「じゃ、やるか!」
 敦史君は妙に嬉しそうにゲームのボードを机の上に広げた。栞のため息が聞こえる。
 そう、いつものこの部屋に戻ってきた..。そんな感じがしただけ。

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