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Shinobu Presents


第二十一話 「離れて初めて心が緩んで..」

 家に電話したら、すぐにお母さんが出た。さすがに少し心配してくれていたけれど、事情を話したらすぐにわかってくれた。「おじいちゃんがいなくなって辛いから、あまり家に帰りたくない」の一言で、今日はすんなりと外泊を認めてくれた。
 本当の事なんて言えるはずもない。
 おじいちゃんが死んでも平気な顔をしてるあなた達を見たくない、なんて..。
『明日は早めに帰ってくるのよ』
「うん..」
 私の声の低さを察してか、お母さんはあまり深入りせずにすんなりと電話を終わってくれた。そっと受話器を置くと、ふいに静けさがやってくる。
 栞の家のとても広いリビングルーム。そのまま彼女の部屋に戻る気もあまり起こらなくて、勝手に悪いと思いながら、部屋の真ん中にあるソファに腰掛けた。
 窓の外はいくつかの光が蛍のようにぼんやりと映っていた。病院から見た景色もたしかこんな感じだったような気がする。
 そっと、自分の伸びてしまった髪をいじりながら、ぼんやりと暗い外を眺め続けた。
 もう何度同じ事を考えただろう。
 おじいちゃんは本当に幸せだったのか、そしておじいちゃんは幸せになれたのか。私は一体何をしてあげられたのか。そんなことばかりが頭をよぎる..。
「あんまり考えすぎない方がいいよ?」
 ふいに後ろから栞の声がする。彼女はソファの私の後ろにやってきて、その両手を私の肩の上に添えた。その手は温かくて、そっと自分の手をそれに重ねる。
 前の暗い景色に目を戻すと今までの出来事が映画のワンシーンのようにガラスに映る。
 なぜかこの二日が本当にずっと敵ばかりの時だったように思えた。本当におじいちゃんの死を悲しまない人たちの中で、必死で寂しくないようにあの人の傍に居続けた二日間。何か、自分が悪いことでもしているかのような疎外感が今頃になって蘇る。 こんな遠くまで来て初めて、自分の味方に会えたような、そんな気がした。
 彼女の手の温かさがぐっと心にまで入り込んでくる。
 寂しかったのはおじいちゃんだけじゃない。私もそうだったんだ。それをぐっとこらえて、誰にもそんな素振りを見せないように振る舞い続けた。
 その緊張が彼女の手でふっと切られて、急に涙がぽろぽろと溢れてくる。二日間、耐えて耐え抜いたのに。
「ハルから大体のことは聞いてるから」
 栞は後ろから私をその温かい手で抱きしめてくれた..。昨日もそう。今日もそう。私は敦史君や栞に助けてもらってばかりで、家族の前ではもう泣くことすら出来なくなってしまっていた。誰が大切なのか、誰がそうでないのか。そんな事どうでも良くなっていた。ただ、ここに優しい人がいてくれるのなら。
 ..今はもう何も考えたくはなかった。
「..大丈夫?」
 栞が私の耳元で尋ねた。私は口を閉ざしたまま返事をする。私は栞が離れるとすぐに立ち上がって、彼女に向かって軽く笑顔でうなずいた。まだ心の底からは笑えなくとも、彼女たちがいてくれるのなら大丈夫だと思えた。
 私たちは徹夜の準備と言わんばかりにたくさんのお菓子を持って、ハルの待つ部屋へと帰った。ドアを開けると彼女はすでにベッドの上に寝ころんで、何かの音楽をかけながらその歌詞を真剣に読みふけっていた。しかし、この歌..あまり聞いたことがない。私は適当にお菓子を置いた後、栞の机の傍にあったイスに腰掛けてその曲に聴き入ったけれど、やはり知らない。最近は音楽番組も良く見ているので大体の曲は知っているはずなのに。しかもこの歌声..どこか最近の歌とは違う渋さがあるような気がする。
 見るとハルは呆れながら歌詞を置いて起きあがる。
「ね、何でこの家、北島三郎のCDなんかあるわけ?」
 栞は不満を言いたげにハルをにらむとお菓子を置いて、反論する。
「サブちゃんの声の魅力がわかんないの? 日本の演歌の王者なのよ!」
 私は彼女の言葉に何も言えずにただ呆然と座っているだけだった。ハルはため息をつきながら「女子高生がサブちゃんね..」と言葉を漏らしてCDを止めた。
 彼女は適当にそのへんにあった洋楽のCDを代わりにかけて、自分もお菓子に手の届く場所に座り込んだ。ハルは少しふくれっ面で足をばたばたと揺らせながらお菓子の袋を開け始めた。全く栞の話を聞いているそぶりはなかった。
 このおかしな空気の中に私はいつのまにかこの二日の事も忘れたまま、取り込まれていた。
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