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Shinobu Presents

第十九話 「ハル」

 夜の街にある意味、喪服は似合いすぎる。
はしゃぐ街の色とは違うけれど、その空は全く同じ色を見せる。そして喪服はこの雰囲気とは明らかに違いすぎて、ある意味で夜の街には全く似合わない。誰もが心を緩ませる週末の夜には。
 私は光溢れる長野の駅前の大通りを一人歩いていた。葬儀場からもう20分くらい歩いただろうか。喪服で歩いていても誰も気にはしない。自分のことの方が大切だから、人が何の服を着ていても気にしない。
 私はどこへ行っていいのかわからずに、とりあえず光を見ながら歩いていた。看板やネオンがうるさいくらいにチカチカと光る。ここに一人、家族を亡くした人間がいれば、道ばたのゲームセンターの中には時間を持て余して、機械と向き合う人達もいる。
 この街はうるさい。
 車も人の声も、店から漏れる音楽も。おじいちゃんはおばあちゃんに会えただろうか。そこは静かな場所だろうか。
 ただ安らかにすごせる事だけを切に願う。この世で報われなかった分。はしゃぐ人の声が耳障りで、私はその場を離れ、また歩き始める。もうどうしていいのかわからなかった。いっそこのまま、どこまでも行ってやろうかとまで思い始めた。
「未帆?」
 うるさい街の声の中に、ふいに聞き慣れた声がした。振り向くと、私服を着ているせいで少し雰囲気は違っていたけれど、声をかけて来たのは同じクラスのハルだった。
 藤原春奈。で、ハル。いつも授業が終わると、みんなに大声で挨拶だけして走って帰る子だった。いったい何をしてるのかは本人も喋らなかったけど。
「何してるの? て言うか、何で喪服なの?」
 質問を二つも投げかけられても、一気に答える気にもならず、結局私は後者の方にだけ答える事にした。
「今日、おじいちゃんのお葬式で..」
「あ、そうなんだ..。それで今日学校に来てなかったんだね」
 軽く頷く。彼女は元気出して、と言って私の手を取った。ハルは鞄を肩にかけ直すと、彼女の元来た道を指さした。「ちょっと安いところでお茶を飲まない?」と軽く首を傾げて尋ねてきた。
 私はもう行く場所なんてどこにもなかったから、素直に彼女の言う店へと行くことにした。しばらく歩いて、大きな交差点をわたる。確かここは以前、私が変な男に声をかけられて、真一君たちに迷惑をかけた場所だった。嫌なことを思い出させる。ハルの話も上の空で、私はじっとその街を眺めていた。
 はっきり言うと、夜の方がこのあたりはおとなしいような気がする。昼間に態度の悪い他校の生徒達がたくさんいたせいで、嫌な場所に思えたのかも知れない。
 夜は派手な服を着た人達が少し座っているだけで、こんなのは東京に比べたらとても可愛いもののように思えた。
「ここだよ」
 といって、彼女が入ったのはファーストフードの店だった。まあ、ここならかなり遅くまで時間をつぶせるだろうと思って入ると、ハルはまず店員達に軽く挨拶をする。すると、店員達もかなり愛想良く返事を返した。彼女はここの常連なんだろうか..。
「未帆、二階で席ふたつ取っといて。飲み物買ったらすぐ行くから」
 彼女の言葉に、私は横手にあった細い階段から二階に上がる。そこは外から見た感じよりもずっと広いフロアだった。週末だから混んではいたけれど、座れないほどではなかったので、適当な席に鞄をおいて、その向かいのイスに座った。窓際で、外の人の流れがよく見える。
 この多くの人の中には当然幸せな人もいれば、不幸な人もいるはずだった。でもなぜか今はみんながそろって幸せそうに見えた。私を除いて。
「お待たせぇ」
 ハルがトレイにジュース二つとポテトをのせて、それらをテーブルの上に置いた。お互いの鞄を横の空いた席におく。
「ここね、私のバイトしてるとこなの。割引がきくから、ここまで来たんだけどね」
「でも、確か私たちの高校ってバイト禁止じゃ..」
「そ。だから、学校では誰にも言わなかったの。放課後どこに行ってるか」
 言って彼女はポテトに手を伸ばして、ホットコーヒーを私にすすめてくれた。
「バイト楽しい?」
 私が聞くと、彼女は笑いながら顔の前でぱたぱたと手を振った。
「全然。でもお金貯めないとね。高校卒業したら、どうしてもいるから」
 その理由は聞くのは少しはばかられて、聞けずにコーヒーを飲んで迷っていると彼女はそれを察したかのように自分から話し始めた。
「私さ、高校出たら、海外に行こうと思ってるの。できればアメリカに」
「..アメリカ。そこで何するの?」
 ハルは嬉しそうに私の目を見たあと、じらすように間をおいてから口を開いた。
「ダンス」
「ハルって踊れるの?」
 私が聞き返すと彼女は、まあね、と得意そうに首を傾けた。ハルがダンスをできるなんて初めて聞いた。それもアメリカに行くなんて大きな事を考えてる事も当然知らなかった。私は何がしたいかも決まらずにくすぶってるのに。
 同じように遊んでいたクラスメートが見えない所で夢を持って、しかも夢だけじゃなく、それに向けて動いているのがショックだった。
 自分だけがまるで何もしていないかと思ってしまう。
「ハル、すごいね..。私なんか何したいかもわかんないのに」
 自己嫌悪に陥りそうな一線でかろうじて、自分の気持ちを押し止める。こんなところで一人で落ち込んでいてもハルに迷惑なだけだ。
「普通そうだって。わたしがちょっと早いだけ。それを探しに大学に行けばいいじゃん」
 ハルは何のためらいもなく言って、手元のコーヒーを飲んでしまった。私のはまだ半分くらい残っている。
「焦んなくたってさ。人生長いんだから」
 と冗談みたいに言って笑う。つられて口元に笑みが浮かぶのがわかる。手の中のコーヒーは来た時よりもだいぶ温度が下がっていて、少しぬるいくらいになっていた。私は冷たくなってしまう前にそれを全て飲んでしまうことにした。
「ね、未帆。これからどうする?」
 飲んでいる最中に彼女が聞いてくる。空のコップを置いて、自分の正直な気持ちを口にした。
「今日は家に帰りたくないの。家族の顔も見たくないし..」
 ハルにこんな事を言うのは悪いかも知れないと思った矢先に彼女は身を乗り出して、私に顔を近づけた。
「泊まりに行こっか。二人で。友達の家に」
 おもしろそうに言う彼女は明らかに何かたくらんでいるようだった。彼女の友達だから、きっと悪い人はいないと思う。でもいきなり知らない人の家に泊まりに行くのもためらわれたし、何よりも彼女のこのたくらみの表情が..。
「どうせ、もう帰るつもりはないんでしょ? 今日は」
 彼女のその一言で逃げ道がなくなってしまう。確かに今日は家に帰りたくはない。家族の顔も見たくはない。でも野宿というわけにも行かない。ここは長野なのだから。
 結局彼女の言う方法以外に道はなかった。
 ハルを見ると、私の考えを読んでいるかのように、嬉しそうに笑っていた。
 やられた。そんな感じながら結局彼女の言ったとおり、うなずくだけだった。
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