Shinobu Presents
夢を..見ている。 中学の制服を着た私がいる。まだ顔が幼くて、友達とただ笑いながらはしゃいでいる。まだ小学生を卒業したばかりの頃。新しい制服が珍しくて、毎朝着るのを楽しみにしながらすごしていた日々。無邪気に友達と、つまらない事ではしゃいでは笑っていた。いつもどこかを走っていた気がする。 その私が落ち着いて、いつか走る事をやめた頃..。 受験というものが迫ってきて、私は知らない内に笑うことまで止めていた。 走ることも忘れ、笑う事も忘れて、気がつくと私だけが教室の隅に座っていた。誰も私の事を気に止めずに、そして私が近づくと、誰もが私をつきはなした。 いつか一人になっていた..。 東京の冷たい冬の頃だった。 寂しくて、辛くて、泣きたいのに泣けなくて。誰も頼る人のいない自分を本気で嫌い、居なくなればいいと思った日。自分の手首を刺した日。 それでもまだ生きていた頃、ちょうどおじいちゃんと話し始めた..。 誰も相手をしてくれなかったもの同士、つまらない話が嬉しくて。東京の隅の小さな病院で二人、いつまでも一緒にいた。 おじいちゃんが病気の悪化して、長野の静かな病院の院長をしている旧友から声がかかるまで、何ヶ月だったろうか..。 おじいちゃんが院長さんに誘われて長野に一人移った頃から、勉強をするようになった。学校に出席だけを取りに行き、ひとり授業も聞かずに勉強を続けた。結果として、その学区で一番偏差値の高い高校へと進んだ。その知らせがおじいちゃんを喜ばせると思って。 高校の制服を着たあたりから..私は変わった。中学の私を知っている人は誰もいないせいか、私は生まれ変わったように明るくなった。中学に入った頃のように。それからしばらく、おじいちゃんの姿は思い出すことはなかった。思い出せば、あの頃の苦しみも一緒に蘇ってくるようで怖かった。 必死で昔を忘れて、東京のど真ん中で無理を承知で生きていた頃の自分。彼女の生き様がまるで他人事のように、夢の中に映っていた。 「上野さん」 その声に、歪みの来ていた自分の姿が消える。見上げると病室は明るく、隣には私の背中に手をおいた看護婦さんがいた。部屋にはぞくぞくと人が入ってくる。廊下に立ってしかいなかった親戚でさえも静かにドアのそばに立っていた。 いつのまにか私はおじいちゃんの手を取りながら、眠ってしまっていたようだ。窓の外の景色はもう真っ暗になっていた。 「未帆..」 お母さんがそっと私の隣に立って、私の頭にその手を乗せた。一瞬、何があったのかよくわからず、とりあえずすぐそばのおじいちゃんを見た。その顔はさっきと同じように、皺を刻んだ固い表情をしていた。 ..しかし、やけに静かだ。何か..足りない。 隣の立つ医師を見上げると、彼はそっと首を横に振った。そのそばにある機械から、音が消えていた。心電図には波がなく、一本の線があるだけだった..。 その意味がしばらくわからなくて、じっと見ていると、お母さんが、座ったままの私に後ろから抱きついた。 やけに静かな、音のない病室の中、お母さんのその暖かさで何があったのか全てがわかった。手の中のおじいちゃんの手は人のぬくもりが消え始めていた。 涙はなかった。私も、家族も、親戚も。 こんなものなのかも知れない。 私は結局、おじいちゃんにちゃんとした別れをできなかった。ずっとそばで、その手を取っていながら。 おじいちゃんの顔はまるで眠っているようだった。いつまでも起きることのない眠りではあったけれど。 葬儀は驚くほどに手際が良かった。業者に頼んだせいで、何もかもが知らない人間の手で行われ、おじいちゃんは知らない人間に運ばれて、葬儀場の棺桶に入れられていた。その顔は綺麗に化粧されていて、とても生きているときと同じ人間とは思えなかった..。 私はただ黒の服を着て、立っているだけなのに、業者の手によって式は形式的にとんとんと進んでいく。涙を流す人はほとんどいなかった。 親戚もさっさと焼香を済ませると席に戻り、またじっと何か考え事を始める。涙を流すのは、病院で知り合った幾人かの老人の方達だけだった。本当に悲しんでいる人というのは、皆無のようにも見えた。 入院してから長かったのと、もう80歳を越えていたせいもあったのだろう。天寿を全うしたと挨拶の中にもあった。 確かにそうかも知れない。ある意味では幸せだったのだろう。死ぬことができて。三年もおばあさんなしで、訪ねる人のいない病室に閉じこもっていたのだから。そして、これでおばあさんに会う事ができるのだから。 私は土曜日にしかいけなかったのに、他の人は誰も訪ねてはくれなかった。実の息子とその妻でさえも。 二人は弔問客の相手にかかりつけで、祖父の死がどうとか考える以前のようにも思えた。私はその場にい続けることができず、葬儀場を出た。一歩外はもう談笑の飛び交う世界で、四車線の道路を挟んだ向かいのレストランには、それこそ同窓会のように、食事を前に笑い明かす人々がいた。喪服のままで。 おじいさんはどこへ行くのだろう。そんなことを考えて、再び嫌悪感のする胸を抑えて、葬儀場へと戻る。まだこっちの方がはるかにマシだ。 式は進行し、葬儀の出棺が終わるのを見届けると、私は一人あてもなく、式場とは関係のない方向へと歩き始めた。幾人かの喪服の人々はたまに見えるけれど、談笑まで飛び交うほどではなかった。式場ではお母さんやお父さんが私のことを捜しているかも知れないけれど、決して戻る気にはなれなかった。 日が暮れ、空が青から紫へと変わりはじめ、街にも光が現れ始めた。人の流れは相変わらず多く、車道は夕方過ぎからどんどんと車の量が増えてきていた。 私はどこへ行くのだろう。 そんなことを考えながら、夜の街へと歩き始めた。
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桜舞う雪道を-
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