Shinobu Presents
何時間くらい経ったのだろうか..。おじいちゃんの手をとってその姿を見つめたまま、しばらく時間を忘れていた。誰もいない部屋の中、静かな空気が流れて漂っていて、まるで時が止まってしまったようにも思える。確か以前もそんなことを思っていたはず。今回ばかりは本当に止まってほしいと願ったが..。 時計に目をやると、時間の針はもう4時をさしていた。確かここへ来たのが朝の10時頃..ずいぶんと時間がたっていた。先生は、もう長くないと言いながら、おじいちゃんは6時間もずっと耐え続けている。外にいるお父さんやお母さんは一体何をしているんだろうか。そんな事は知らなかったけれど、せめておじいちゃんの隣にいてあげても良いんじゃないだろうか。そう思う。 ただ時を忘れてその眠り続ける顔を眺めていると、突然小さな音を立てながら病室のドアが半分開いた。そこから顔をのぞかせたのはお母さんだった。 「未帆。代わるから少し休みなさい。お客さんが来てるから」 お客さんという単語に疑問を抱きながら、その弱々しい手をそっと柔らかい布の上に置くと、私はお母さんと入れ違いに病室を出た。 ドアを出ると、病室の前にあったイスには制服のままの敦史君が座っていた。 気がつかなかったけれど、廊下には年末ぐらいにしか見かけない親戚の方も何人か来ていた。本当におじいちゃんが今日亡くなるのだという実感がわき始める。 「未帆。とりあえず、一階のロビーにでも行かないか?」 さっきまで座っていた敦史君が私の隣に立って、エスコートするようにそっと肩に手をやる。 「..うん」 ろくに言葉が出ずに、ただうなずいていた。親戚に軽く挨拶してから、廊下を二人で歩いていく。 一階のロビーにはいつもと同じように患者さん達がテレビを見たり、雑談で時をつぶしたりしていた。おじいちゃんの病室以外はいつもと全く変わらない景色だった。 敦史君は適当に周りに人のいないイスを見つけると、そこに私を座らせて、その向かいに自分が座った。 「どうなんだ? おじいさんは」 「今日..だって」 「..そうか」 彼は自分の鞄からコンビニの袋を出すと、そこからジュースを二つ取り出して、その一つをこっちに渡した。 「今日さ、授業終わった後、栞と真一もこの病院に来ようとしたんだけどさ、文化祭の件で教師側から呼び出しくらったんだよ、二人とも。何でも4組の連中が予算で馬鹿をやらかしたんだとさ」 言いながら、ジュースのパックにストローをさして、ため息をつきながらそれに口を付けて、半分近くを一気に飲んでしまう。 「栞はさ、無理矢理にでも早く終わらせて駆けつけるって言ってたけど、あの教師側の張りつめた雰囲気じゃ、余計に長引くと思う。真一はもうそれがわかってたみたいで、謝ってたよ。行けそうにはないって」 「別に真一君の謝る事じゃないのに..」 「あいつはそういう性格だからさ」 しばらく沈黙が流れる。その話を聞いていたら、ふいに学校の事が気になりだす。次に行くのはいつになるのだろうか..。 ただ、病院内に患者さんたちの穏やかな雑談の声が響くだけで、私は何を言うでもなく、手の中のジュースを見つめていた。 「多分、今日おじいちゃんが亡くなったら、葬儀とか通夜とかで、しばらく学校へは行けないと思う。いつになるかわからないけど、大丈夫だからって言っといてもらえる?」 「それはいいけどさ..。本当に大丈夫なのか?」 その言葉にしばらく考える。本当におじいちゃんが亡くなっても私は大丈夫なのだろうか。答えはそんなすぐに出るはずもなかった。正直言うと自信もない。 「無理そうだったらさ、俺でも真一でも栞でもいいから、誰かに電話しろよ。誰か一人くらいは駆けつけられるから」 その一言は何故かぐっと胸に染み込んで、思わず彼から目をそらす。ダメだ。おじいちゃんの事もあって、ずいぶんと気持ちが不安定で、涙もろくなっている。 口元に手をやってじっと堪え忍ぶ。こんな人前で泣いてしまったら、彼に悪い。 「あんまり、無理すんな..」 うつむいた私の頭にそっと彼の手の温かさが伝わる。抑えつけていたものが一気にこみ上げてくる。今日、病室でずっと抑え続けたものがここにまで来て溢れてしまった。私は周りの人の事も忘れて、座ったままただ泣き続けた。彼の手の温かさを感じながら。彼の前で、張りつめたものが切れてしまった..。 どのくらいの時間がたったのかはわからないけれど、私は何かが事切れたように泣き続けた。おじいちゃんと今日会えなくなる。そんなのイヤだ、別れたくない。 まだ話していない事もたくさんあるのに。 ただその胸の痛さは徐々に心の中から抜けていく感覚がある。彼にそばにいてもらってる事もある。でも人がいなくなるというのはこういうものなのかもしれない。 悲しみは泣いているうちに涙と一緒に流れていくような気がした。 私はある程度、涙がおさまると、ゆっくりと顔を上げる。うつむいて周りの人のことは見ないようにする。今はそういう事は考えたくはない。 「もう大丈夫か..」 見えない彼の消えそうな声に私は小さく頷く。そっと、彼の顔を見上げると、敦史君はとても優しい顔でじっと私のことを見ていた。敦史君も小さくうなずく。 「ごめんね..」 「気にすんな」 あっさりと返事を返すと、さっきのコンビニの袋を丸ごと手渡して言った。 「今晩、腹へったらこの中の物、何でもいいから食え。栞と真一への差し入れのつもりだったけど、それはまた別の店で買ってくから」 普段なら、こういうのは遠慮するものだけど、今はもうどんな些細な優しさでも心の奥底にまで入ってきて、逆らえない。私はそれを受け取って、素直にお礼と「ごめん」を一緒に言って立ち上がる。彼も自分の鞄を肩に掛けて立ち上がった。 「あの二人にもちゃんと言っとくよ。何かあったら誰でもいいから電話しろよ」 「うん..」 涙の跡が少しかたくて気持ちわるいけど、それを手でいじりながら、彼の帰る後ろ姿を眺める。敦史君が一度振り向いてから病院を出るのを見届けて、洗面台で自分の情けない顔を洗い流し、またあの張りつめた病室へと戻る。 相も変わらず、親戚や両親は適当に病室の外で話をしているばかりだった。それを無視して中に入ると、お母さんはイスに座って何かの小説を読んでいた。 「私替わるよ。お母さんは外で親戚の人たちお願い」 私が言うと、お母さんはためらいながらも小説をとじて、そっと席を立つ。 「さっきの子、学校のお友達?」 「うん..。励ましに来てくれた」 「いいお友達ね..」 お母さんは場所を考えてか、少し抑えた笑顔で言ってから、ドアを開けて出ていった。 またおじいちゃんと二人きりになった。いつの間にか、窓の外では日が落ち、空の色もオレンジから紫へと変わっていくところだった。 夜が来る。 おじいちゃんはもう朝日が見れないのだろうか。 そんな事を思いながら、その生き様を刻んだしわのある顔を見て、手を取った。
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桜舞う雪道を-
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