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Shinobu Presents


第十五話「その不思議な空気」

真一君と白い雪の降る外を見ながら廊下を歩いていて、ふと思う。彼は一体どのくらいピアノを弾く事が出来るのだろう...と。私が隣の彼を見ると、彼もそれに気付いて私を見やった。
「ね。真一君てピアノは子供の頃からやってるの?」
私達は渡り廊下を通り抜け、暖かい廊下へと入る。
「幼稚園くらいからしてたような気がするけど..。どれくらいやってるのかはもうわかんないよ」
階段を降りると、ずいぶんと人は少なくて、ただ静かな空気が流れていた。栞がいたら、大体はいつも何かを話してるから、声が少しでもするはずなのに廊下には何の音も流れてはいなかった。真一君も不思議に思ったようで、彼と顔を見合わせながら生徒会室のドアを開けた。中には私達の鞄が二つあるだけで栞と敦司君はいなかった。鞄もなかったので、もう帰ったのだろうか。
「自分の仕事をしないで帰るかな、普通」
真一君が呆れ顔で長机の上の書類の束を手に取った。
「何? それ」
私が聞くと、彼は邪魔そうに自分の髪を掻きながらそれらに目を通していく。
「ほら、もうすぐ文化祭でしょ? あれのための各クラスの予算の申告書。生徒会のメンバーで間違いがないか全部チェックしなきゃいけないんだよ..」
彼は頭が痛いと言いたげに眉を寄せて、その分厚い書類の束を机に放り出した。確か私のクラスも委員長の恵美が提出していたはず。各クラス一枚という事は一学年十クラスで、三学年。単純に計算して三十枚..。
全て一人で目を通すにはあまりに大きい数字のように思えた。
「半分くらい、手伝おうか..?」
思わず、そんな事を口にしていた。別に何かの思いがあったわけじゃなく、ただ大変そうだから、というそれだけで。彼は驚いた風に私を見ながらつぶやいた。
「...多いよ?」
「半分なら多分出来ると思うし..」
私が少しためらいも混じりながら言うと、彼は本当に助かったという感じで私にお礼を言った。彼のこんな顔を見たのも初めてのような気がして、余計に戸惑いが消えなかった。
「やっぱり頼むだけじゃ悪いし、今日帰りに何かおごるよ。何が好き?」
彼は書類の束を半分に分けながら私に聞いた。好きなもの..。好き嫌いは結構ある方だけど、特に好きなのは...
「チョコパフェ..」
情けない事に私は単語だけ呟いて、しばらく他に何かないかと考えた。パフェを食べに彼を連れて行くのも悪いかと思っけれど、やっぱり食べたいものは食べたい。一度口にしてしまったらなおさらに。
「じゃ、そうしようか。駅前にあるだろうし」
と言って私に書類の半分を手渡した。
「ごめんね、変な食べ物言っちゃって」
「ごめんを言いたいのは僕の方だって。生徒会の仕事手伝ってもらうんだから」
彼は微笑みながら、書類の半分を自分の鞄にしまった。私は手元の書類を見ると..かなり多い。十五枚という数字は思っていた以上に多そうだ。字が細かいし..。
パフェと書類。
少し失敗したかもしれないと思いながらも、彼とパフェがあるならそれでいいや、とあっさり自分を言い聞かせた。自分の単純さには呆れるくらいだ。

生徒会室に鍵を閉め、玄関へ歩いていくと、二人の話は静かな廊下によく響いた。話していると、彼もかなりの甘党らしい。甘党の私としては何だか妙な仲間を見つけた気分で変な嬉しさがあった。
「一度、ショートケーキに砂糖をかけて食べた事があるけどね」
彼の話に私は心の奥底でにやりと微笑む。
「勝った。私、ハチミツかけた事ある」
彼は顔を歪めながら、まずそう、とつぶやく。実際にまずかったのは私もよく覚えている。
「何かね、塩をかけられたナメクジみたいに、甘さで舌が溶けてく感じだった」
私が舌を出しながら同じように顔を歪めると、彼は顔を背けながら笑った。彼もなかなか笑いが止まらなかったようで、玄関に着いた頃までずっとおさえた口から笑い声が漏れていた。私のクラスと彼のクラスは少し離れているので、靴箱の場所も少し離れていた。彼はそのころにやっと大きくため息をつきながら、ゆっくりと自分のクラスのところへと歩いて行った。私は先に自分のところで靴を替えると、玄関を出て、雪のちらつく道に出た。
彼が玄関から出てくると、何とか笑いはおさまっていたようで、自分の靴の踵をいじっていた。
「未帆っておもしろいね」
私の隣を歩く真一君がそんな事をつぶやいた。別に私は普通だと思ったけれど、そんな風に言ってくれるのは嬉しかったからそのままうなずいた。
二人とも傘がなく、頭に雪を積もらせながら駅へと続く並木道を歩く。大通りを行くより、この並木道を行く方が近いというのはつい最近彼に教えてもらったものだった。制服にも雪が積もってきたので襟を少し引き上げて雪が入らないようにすると、そこに服以外の感触があるのに気付く。すっかり忘れていたが、今日はちゃんと真一君にもらった十字架のペンダントをかけて来ていたのだ。せっかく学校を出たので、私はその十字架を制服の上に出した。いつも学校の中ではこういうのは校則で禁止になっているから制服の下に隠している。
「あ、そのクロスペンダント。ちゃんと付けてくれてるんだ」
「うん。すごく気に入ってるから、これ」
と言いながら軽くその十字架を片手でいじる。もともとこれも彼の気に入っていたのをもらったものだった。
「何か好きな物とかすごく似てるね」
私が言うと、彼はうなずきながらも一言。
「僕はケーキにハチミツはかけないけどね」
その言葉に思わず彼を押して、雪の並木道の中で笑い出してしまう。私達は意味もなく笑いながらその雪道を歩き続けた。

彼が。
とても近くにいる。そんな気がした瞬間だった。

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