Shinobu Presents
高速道路を降りるともう、そこは雪化粧をした街だった。 道路の脇には雪が積もり、車のタイヤの通る所にだけ、コンクリートの線が浮かび上がっていて、歩道はほとんど、氷のように見える道が続いていた。 車の窓ガラスが白く曇る。 私は水滴を軽く右手でふいて、にじんだ景色にじっと目をやる。東京では考えられないほどの積雪の量と、その白さ。きっと触れたら崩れるような柔らかい雪なんだろう。 同じような風景が続くけれど、それらに決して飽きる事はなかった。こんな綺麗な景色なのに、弟の豊はただひたすらに眠り続けている。もう2時間ほどになるだろうか。おそらく、今私達が長野にいる事すら知らないだろう。 そんな、感激などに縁のない弟をそのままに前を見やると、運転席のすぐ左前方についたバックミラーにお父さんの顔が写る。お父さんも私を見ていたらしく、丁度鏡の中で視線が合った。そっと微笑みながら、目を前の信号に視線を戻すと、豊を起こさないように小声で言った。 「ずいぶんと気に入ったみたいだな、未帆」 「かなり、ね」 正直言うと、東京から長野に引越しすると言った時はお父さんを恨みもした。高校の友達もみんな残して、家族だけで見た事もない土地へ行くなんて信じられなかったし、信じたくもなかった。 でもこうして、久しぶりに家族でゆっくりと車に乗って、こんな綺麗な雪国にやって来れたのなら、それも悪い事ばかりじゃないかもしれないと思えた。 「もうそろそろなんでしょ? お母さんと豊、起こさなくていいの?」 助手席に座ったお母さんも豊が眠りはじめた辺りから、同じようにうたた寝を繰り返していた。 「もう少し寝かせてやろう。疲れてるんだ。引越しの荷物のまとめも母さんがほとんどやってくれたからな」 それだけ言って、お父さんはまた信号で止まった間に手元の地図と睨み合う。 私にはここがどこなのか、さっぱり見当もつかなかったけど、道路幅や交通量から見て、ここが長野の中心の方だというのはすぐにわかった。高速道路を降りたときよりも、ずっと道を歩く人が多い。信号の向こうは、東京でも良くあるスクランブル交差点で、街の人たちは様々な方向へと歩いていく。その奥に立つ青いガラス張りのビルには長野の白い街並みがぼんやりと写って、まるで大きな鏡のようだ。道行く人はあまり寒そうに見えないのは何故だろう。車のガラスの冷たさだけで十分に私には寒そうに見えるのだけれど。ただ、他の人に分かるはずはないんだけれど、それでも何となく自分だけがよそ者と言われているような、そんな感じがしていた。ただの気にしすぎなのはわかっていたけれど。 車が進むごとに大きな建物の数は減っていき、交通量も少しずつ寂しくなってくる。とても冷たそうに見える、大きな川の上を白い橋が渡り、それを越えてしまうともうオフィスビルや百貨店はなくなり、いわゆる都心近くのベッドタウンへとその姿を変えていた。街路樹も葉はなく、代わりにわずかな雪を身に纏っていたけれど、道行く人達は心なしかそれほど寒そうにも見えなかった。 「あの川を渡ったら、すぐに新しい家に着くぞ」 言いながら横目でお父さんが見た左側には、防波堤の広い大きな川があった。車が堤防にそって走ると、それにあわせて対岸の景色がゆっくりと流れていく。 あの景色の向こうには私の知らない、そしてこれから知る事になる世界が広がっていた。 ...それから10分ほどだろうか。 橋を渡って、しばらく車を走らせた辺りでお母さんが目を覚まし、そして豊も私が起こして、家族全員で私達の新しい家が見えるのを待った。 ビルもマンションも見当たらなくなってからずいぶんと時間が経っていた。この辺りは一軒家ばかりで、広そうな庭のついた家も多くあった。どちらかというと、昔からあるというよりは、つい最近できた家ばかりの街並みだった。 この雰囲気に正直言うと、私は安心した。今まで生まれてから18年もずっと東京暮らしだったから、もし突然、バスが一日に2本しかないような所に引越しされたらきっと耐え切れないと思っていた。でもここなら交通の便も良さそうだし、東京から少し離れた所にもこんな感じの街がある。ただ雪が積もっているかどうかの違いくらいだろう。 そんな街並みの中、車が雪を踏む音を立てながら一件の家の前でゆっくりと止まった。 「ここだな」 お父さんが一言言うと、隣に座っていた豊が身を乗り出して、私をまたいで車の窓にへばりつく。 「結構デカイじゃん!」 豊の言葉通り、確かに東京では少し手が出ないような家だった。別に豪邸というわけでは決してないけれど、庭はあるし、二階建てで、何となく私立高校の割とお金持ちな感じの子が住んでいそうな所だった。別にそんなお金持ち風とかいう外見にこだわるわけじゃないけど、ただ一軒家というのは嬉しかった。今まではずっとマンション暮らしだったし。 「今日はこれからどうするの?」 私が言いながら時計を見ると、まだ朝の9時だった。昨日の夜中に出発したからおおよそこんなものかもしれない。 「今日中には荷物を全部中に入れて、大体の片づけはしておかないとね」 と、お母さんは早速元気を取り戻した顔で私に言った。 もちろん車に入れていたのは身近なものばかりで、大きなものは引越し業者に運んでもらっていた。車は少し離れた所に置くというので、お父さん一人で行ってもらい、私達は先に新しい我家に入った。 玄関から入ってまっすぐに行くと、ガラスのドアがあり、あけるとキッチンのついたリビングルームがあった。本当にできたばかりのような感じだけど、よくあるモデルルームとほとんど同じと言ってよかった。別にそれは不満じゃなかったし、逆に変な造りの家でも困るので、これくらいが私には丁度良かった。文句を一つだけ言うとしたら、やっぱり寒いという事だろうか。雪の長野だから当然といえば当然だけれど。 まだ何もない、ただの箱の様な部屋にこれから荷物がどんどんと運び込まれて来る事になる。お父さんが帰ってくると、それにあわせたように引越業者のトラックが到着した。 挨拶や置き場の指示などが終わると、一斉に重そうなタンスやテレビが運び込まれてくる。それを廊下の隅で見ていると、お母さんが小さなダンボールを抱えながら「手伝いなさい」と私を叱った。よく見るともう豊も顔を歪めながら机を運び込んでいた。 靴を履いて、表に止まったトラックへ行って荷物を取ると、知らない男の人達が何人か家から出てきてはまたタンスなどを運んでいく。作業服を来ていないからおそらく業者の人ではないはず...。 「父さんの会社の人達だよ」 と声が後ろから聞こえた。振り向くともうこの寒いのに袖を捲って、汗だくになったお父さんがいた。確かに見てみると30代、40代の男の人ばかりだった。 「ほら、早く運んで」 言ってお父さんは小さな食器皿の入ったダンボールを私に持たせて、タンス運びの手伝いへと駆けて行った。 なんだかドタバタとしすぎて、頭がついて来ていないような気がした。 両手にダンボールを持ったまま、しばらく辺りを見ていると、一人の男の人がまたやって来て、トラックから荷物を取り出す。けれど彼は他の人達と違って、どう見ても10代だった。背はやたらと高いけども、顔から見て多分私と同じか、少し上くらいに思えた。その人を見ていると、向こうもこっちに気づいたらしく、私を見ると軽く頭を下げて、また家の中へと運んで行ってしまった。 ...あれは誰なんだろう。 そんな事を思ったけれど、手の中の荷物がそろそろ重たく感じられてきたので、私も彼を追うように急いで家の中へと入って行った。
桜舞う雪道を-
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